「S坂」〜「D坂」文豪出没!




風薫る五月。無彩色だった街の通りも「さつき」や「つつじ」が彩りを添え、華やかになってきました。
都心にある「つつじの名所」といえば根津神社。今回は花を愛でてからちょっとその周りを歩いてみませんか?この近くにある「坂」を巡ると、あの文豪と呼ばれた方々や、小説の主人公達がふっと現れるような・・。足を延ばして「出会い」を楽しんでみてください。

「つつじ」の根津神社
「つつじ」の根津神社

根津権現と言われる神社の大きな鳥居の前を上るのがS坂(権現坂、新坂)
森鴎外の作品「『青年』の頭文字「S」をとったものと言われています。主人公は小泉純一。 (困ったことに、ついこの間まで"変人"と言われていたどこかの総理大臣とイメージが 重なってしまう・・)。 鴎外はコイズミ君が上り下りしたこの坂を「ぞんざいにSの字を書いたような坂・・」と 表現しているのです。

この坂の途中、江戸川乱歩の小説に出てくるような不思議な和洋折衷の家には、サトウハチローが、坂上にあった家には漱石の愛弟子内田百閧ェ下宿し、田山花袋も住んでいたと言われています。

旧サトーハチロー邸 坂下

根津は「文豪の街」と謳っているだけにあちらこちらに明治の文人達のエピソードが転がっています。 根津神社はまさにそういう方たちのお散歩スポットだったのでしょう。

 根津神社境内にある水のみ場は鴎外の寄贈したもので、実は砲弾を飾るための台座だったとか。 本名の森林太郎の銘が刻まれています。また漱石、鴎外が散歩の途中腰をかけて思索に耽った 『文豪憩いの石』と言われるものもあるんです。現在でも筆で名を成したいと思う人が彼らに あやかりたいと、腰をかけに来るそうです。


神社の裏側は「根津裏門坂」
こちらは漱石の『道草』に登場する坂です。主人公健三が思いがけない人物に、はたりと出会う 場面があります。
根津神社を挟んでの二つの坂を漱石、鴎外も小説の舞台で扱っているのですね。

ではこのおふたりはご近所さん?と思われるでしょうが、それどころか、偶然にも 同じ家に時をずらして住んでいるのですから奇遇ですね。
後に「猫の家」と呼ばれる家です。現在では明治村に移築されてしまいましたが旧居跡として 碑がたてられ、碑文を書いているのが川端康成氏です。流石!文豪の街、「役者」が揃っていますね。

この家から一番近くて、日常に行き来したであろうと思われる坂は、最初に訪れた時、 山高帽にステッキを持った漱石先生が着流しで、下駄の音を響かせながら下りて来そうな気が したのですが・・なんとその坂名は「解剖坂」。日本医科大の裏にあり、解剖室でもあった のでしょうか?

解剖坂

解剖された後は無事成仏していただきたいものです。そう言えば「S坂」近くの 「お化け階段」・・成仏できなかった霊が彷徨っているのかも・・・。 (実はここはお化けが出るということではなく、上りと下りの階段の数が違うことから 名付けられているのですが、確かめに行ってみてください。できれば一人で・・・。 写真は敢えて載せないでおきましょう。)

解剖坂の階段を下って藪下通りを左に辿って行くと、右は崖下。かなりの眺望だったことを偲ばせます。 永井荷風をして「日和下駄」の中で"東京中の往来の中で、この道ほど興味ある処はない と思っている・・・"と言わしめています。
藪下の道から崖へ下りる「しろへび坂」。ぴったりのネーミングだったのでしょうが、 今は面影もありません。

白へび坂

うねって続く道は「汐見坂」の別名もあるのです。ここからちゃんと海が見えていたんです。 それを証明するのが「団子坂」へ出る角にある鴎外記念図書館で、 以前は【観潮楼】といって森鴎外の住まいでした。ここは明治の文壇の社交の場ともなったところで、 鴎外が斉藤緑雨、幸田露伴と3人で「三人冗語」という創作合評を行っていました。 ここで樋口一葉の『たけくらべ』が絶賛され、彼女が世に出るきっかけとなった出発点なのです。

「団子坂」は漱石の『三四郎』が菊人形を見に行くシーンとして登場します。 当時は秋の風物詩として多くの人で賑わうスポットだったのです。室生犀星の詩『坂』や 二葉亭四迷の『浮雲』 にも書かれています。そして何と言ってもこの「団子坂」は 江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」としても有名になりました。

三崎坂

 「団子坂」の名まえは"だんご屋"があったから?
さぁ、それはご自分の足で確かめていただきましょう。団子坂を下ると谷中の「三崎坂」 が待っていてくれます。ここは谷中でもメインの老舗通り。菊見煎餅、千代紙のいせ辰 さて、お団子はゲットできるでしょうか?

「坂」は昔から変らずそこにあって、その土地の来歴や出来事を私達に伝えてくれます。 その街の来し方の時間と空間に入って行く「装置」です。さぁ、ボタンを押して、街の懐に入って散策を楽しんでください。

2007.5  (盃 のり子)


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