坂のプロフィール 地域・No. 東京・文京区−114
報告者 M.Ogawa
報告日 2010年3月11日
登録日 2010年9月6日

 

坂名 目白坂 (めじろざか) 別名 不動坂(ふどうざか)
所在地 地図g  文京区関口2丁目
目印  地下鉄・江戸川橋駅から 椿山荘に上る坂道。
坂の特徴 坂の方向  坂下は西に,坂上は北西に上る
長さ  430m
傾斜  緩やか。坂上にやや急な部分あり(高低差14m,平均斜度1.9度)
形態  大きく弓なりに右に曲がりながら上る
標識  坂下に文京区が設置した標識がある。
目白坂
 西方清戸(清瀬市内)から 練馬区経由で江戸川橋北詰にぬける道筋を「清戸道」といった。主として農作物を運ぶ清戸道は目白台地の背を通り,このあたりから音羽谷の底地へ急傾斜で下るようになる。
 この坂の南面に,元和4年(1618)大和長谷寺の能化秀算僧正再興による新長谷寺があり本尊を目白不動尊と称した。そもそも3代将軍家光が特に「目白」の号を授けたことに由来するとある。
 坂名はこれによって名付けられた。『御府内備考』には「目白不動の脇なれば名とす」とある。
 かつては江戸時代「時の鐘」の寺として寛永寺の鐘とともに庶民に親しまれた寺も明治とともに衰微し,不動尊は豊島区金乗院にまつられている。

    目白台の空を真北にわたる雁
        稀に見る雁の四・五十羽かも   窪田空穂(1877-1967)

             東京都文京区教育委員会  昭和63年3月

由来 他  かつて この坂の南面に新長谷寺があり,本尊を目白不動尊と称した。3代将軍家光が「目白」の号を授けたことに由来する。(標識より)
命名時期  江戸時代
参考文献
写真 撮影日  2001年8月 撮影者   M.Ogawa


目白坂 目白坂
目白坂 標識
目白坂途中の 永泉寺

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