坂のプロフィール 地域・No. 東京・文京区−47
報告者 M.Ogawa
報告日 2010年3月11日
登録日 2010年8月12日

 

坂名 実盛坂 (さねもりざか) 別名 貝坂(かいざか)
所在地 地図g  文京区湯島3丁目
目印  湯島天神より200mほど南。東に下りる 急な石段が実盛坂。
坂の特徴 坂の方向  西に上る
長さ  20m
傾斜  上から見下ろすと足がすくむ程 非常に急な階段(高低差4m,平均斜度11度)
形態  階段
標識  坂上に文京区が設置した標識がある。
実盛坂  さねもりざか
 この坂下の南側に,実盛塚,首洗いの井戸や産湯の井戸があったという伝説めいた話が,『江戸砂子』や『改撰江戸志』にのっている。この実盛のいわれから 坂の名がついた。
 実盛とは,斎藤別当実盛のことで,平家方に味方をして,木曽義仲と加賀の国篠原の合戦で,勇ましく戦い 手塚太郎光盛に討たれた。出陣に際して,敵に首をとられても見苦しくないようにと,白髪を黒く染めていたという。『平家物語』や『源平盛衰記』に詳しい。
 『江戸志』には,『湯島より 池の端の辺をすべて長井庄といへり。むかし,斎藤別当実盛の居住の地なり』と。実盛は越前生まれだが,ここに移ったらしい。(一説には熊谷とも)したがって,産湯の井戸,首洗いの井戸や墓があったとは誤りであろう。
            文京区教育委員会   昭和56年3月
由来 他  実盛塚・首洗いの井戸・産湯の井戸などが坂下にあった,という実盛にまつわる伝説があり,これから 坂の名がついた。(標識より)
命名時期
参考文献
写真 撮影日  2001年11月 撮影者   M.Ogawa


実盛坂 実盛坂 実盛坂
実盛坂 標識
実盛坂(石段下から見る)
実盛坂(石段上から見る)

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