坂のプロフィール 地域・No. 東京・渋谷区−12
報告者 M.Ogawa
報告日 2012年11月14日
登録日 2012年11月14日

 

坂名 新富士坂 (しんふじざか) 別名 観音坂(かんのんざか)
中山坂(なかやまざか)
所在地 地図g  渋谷区恵比寿南3丁目
目印  “恵比寿南三丁目”交差点から南西方向に向かい,渋谷区と目黒区の区境付近まで
坂の特徴 坂の方向  南西に向かって上る
長さ  210m
傾斜  緩やか(高低差10m,平均斜度2.7度)
形態  逆“く”の字に曲がりながら上る
標識  坂の標識はない。
 坂上のマンション“テラス恵比寿丘の上”の前に「目黒の“新富士”と新富士遺跡」という説明板が建っている。
   目黒の“新富士”と新富士遺蹟
 この辺りは, 昔から富士の眺めが素晴らしい景勝地として知られたところ。江戸後期には,えぞ・千島を探検した幕臣近藤重蔵が, この付近の高台にあった自邸内に立派なミニ富士を築造, 目切坂上の目黒“元富士”に対し,こちらは“新富士”の名で呼ばれ, 大勢の見物人で賑わった。
 平成3年秋, この近くで新富士ゆかりの地下式遺構が発見された。 遺構の奥からは石の祠や御神体と思われる大日如来像なども出土。調査の結果, 遺構は富士講の信者たちが新富士を模して地下に造った物とわかり「新富士遺跡」と名づけられた。 今は再び埋め戻されて地中に静かに眠る。
由来 他  ごの坂道を上りつめた地点に新富士があったところから「新富士坂」の坂名がつけられた。(「渋谷の坂」より)
 明治時代 この辺りは火薬製造所であった。江戸期は将軍家の狩猟地で,庶民の近づけぬお留め山で,この管理をしていた中山間右衛門の屋敷がこの街道沿いにあったことから「中山坂」と呼ばれるようになった。(「東京の坂風情」より)
 また「観音坂」の名は,坂の途中に馬頭観世音像があることによる。
命名時期
参考文献  「渋谷の坂」白根記念郷土文化館編 渋谷区教育委員会 1985
 「東京の坂風情」道家剛三郎 東京図書出版会
写真 撮影日  2012年11月 撮影者  M.Ogawa


坂途中から上を見る
坂途中から上を見る

坂上から下を見る 「新富士」説明板
坂上から下を見る
「新富士」についての説明板

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